知床

 
 

海と森の恵みが廻るオホーツク回廊・知床

 2005年7月14日、南アフリカ共和国ダーバンで開かれた第29回世界遺産会議で「知床」が新たな世界自然遺産として登録された。
 日本の世界自然遺産としては、屋久島(鹿児島県)、白神山地(青森県・秋田県)に続いて第3番目の登録となる。
 知床の自然遺産認定は、@現在も進行中の生物の進化や生物群集の見本となるような、極めて特徴のある<生態系>を有する地域 A絶滅危惧種の生息地や、<生物多様性>の保全上もっとも重要な生物が生息・生育する地域であるとされる。

オホーツク回廊の終着点・知床

 冬に北海道オホーツクの海を埋め尽くす「流氷」のメカニズムが本格的に研究され初めたのはソ連崩壊以降のことだと知って驚いた。それ以前、東西冷戦の時代、オホーツク海の環境調査は日本では事実上不可能だった。1990年代、日本、ロシア、米国の共同研究によって、ようやくオホーツク海の全容が理解され始めたのだ。
 オホーツク海はカムチャッカ半島とそれに続く千島列島によって太平洋から破線状に隔離された巨大な内湾構造を持っている。その西側の付け根にアムール川(黒竜江)が注いでいる。アムール川はモンゴル高原に発し、ロシアと中国の国境地帯を流れる世界8番目の大河だ。この巨大な川が提供する淡水が、流氷の生みの親であり、シベリアの大地から豊富な栄養素をもたらしてくれる。オホーツク海は、この淡水で薄められた巨大な汽水湖であり、物質循環のエンジンはアムール川であった。オホーツク海が世界3大漁場のひとつとなる豊富な生物資源はそのおかげである。
 知床はこの汽水湖の最南端に当たる。そこに、アムール川から提供された豊かな栄養分を含む流氷がアザラシやトドなどの海獣を乗せて押し寄せてくる。知床はオホーツク回廊の終着点に位置しオホーツクの豊かな恵みを享受し続けてきたのだ。
 知床はアイヌ語でシレトク(岬・地の果ての意味)といわれているが、知床の海を見て、はるかシベリアのアムール川流域を思うことは、地球環境時代に必要な想像力であろう。

海の食物連鎖、森の食物連鎖

 流氷に付着した栄養源は「アイスアルジー」とよばれる植物プランクトンである。さらに鉄分も豊富に含まれていることがわかった。これはシベリアのタイガの腐葉土がつくる「フルボ酸」と鉄が結合して水に溶け出すのだ。
 春、流氷が解けるとこの植物プランクトンが太陽の光で光合成を活発にし大発生する。これを動物プランクトンが食べ、さらに小魚が育ち、これを餌にサケマスやスケトウダラ、ホッケなどの大型魚が育つ。この食物連鎖の頂点に君臨するのが、アザラシやトドなどの海獣、シャチなどの鯨たち、オオワシなどの鳥たちである。「海の食物連鎖」が廻っている。これが知床の沖合で起こる自然のドラマである。
   さらに、知床の森では川と森の世界が作られる。カラフトマスやシロザケ、オショロコマなど海と森を行き来する魚たちと、それを餌にするヒグマやシマフクロウである。最近のカナダの森林調査では、サケを補食したクマが森にサケを持ち帰り、その一部を食べて後は捨てることにより、森の肥料が大量に補給されると報告されている。クマは森の栄養の運び手だったのだ。知床の森もヒグマたちによって恵みを受けている。これが「森の食物連鎖」である。
 この海の連鎖と森の連鎖が「自然の循環」として知床の生態を形作っている。エコロジーの壮大なサイクルを目にすることができる。

オホーツク文化圏

 かつて、この恵みを享受していた人たちがいた。オホーツク文化人とよばれ、7世紀から13世紀にかけて、オホーツク海沿岸を中心にさかえた文化を築いた一団である。後期縄文や、後世のアイヌとは違う特徴的な文化を持っていた。ちょうど日本は、飛鳥時代から鎌倉時代のはじめにあたる。
 この文化の担い手は、アムール川の海域や、ロシアのサハリンからアザラシなどの海獣を追って南下した「海の民」であることが遺跡などによってわかる。 彼らは、一年のうち秋から春までは集落を作り、カヌーで海を渡り、猟をし、捕獲したアザラシやトドを蓄えて一年の生活を立てていた。春から秋まではそれぞれに分散してすんでいたと考えられる。やがて彼らは姿を消したが、彼らが神として祀ったヒグマやシマフクロウ、オオカミウオはアイヌ文化の神として伝えられている。
 このオホーツク文化人は、かつて我が国に暮らした典型的な狩猟漁労の民(自然の民)として記憶されてよいだろう。

自然ワンダーランド

 知床は自然遺産登録によって新しい観光振興が期待されている。かつて「知床旅情」の大ヒットで火がついた知床ブームは終焉し、ウトロの観光ホテルも稼働率は低い時期が続いた。高橋北海道知事も登録を機に従来の「観光バスで訪れ、カニを食べて温泉に入る」一泊旅行からの脱却を呼びかけている。
 その意味では豊かな自然生態を生かしたエコツーリズムなど、滞在型観光の開発は焦眉の課題である。
 地元の漁師にとって厄介者であった流氷も、全国から知床の魅力で移住してきた若い人たちによって新しい流氷体験が人気を呼んでいる。
 流氷ウオーク(ドライスーツをつけて流氷の上を歩く)、流氷スキューバダイビング(流氷の海に潜る)、流氷カヤック(流氷の海でカヤックをこぐ)、流氷期のホエールウオッチングなどである。
 この時期、知床の海では、ロシアのサハリン方面から越冬のために飛来するオオワシ、オジロワシやアザラシ、トドなどを見ることができる。
 夏のハイシーズンは緑に覆われた知床半島が美しい。知床半島の付け根のウトロから観光船に乗れば知床岬までの知床半島を海から楽しめる。知床連山のスカイラインと、海に落ち込む多くの滝、ウミウの繁殖地、番屋などを展望し、さらに運がよければイルカや鯨、さらに浜辺を歩くヒグマを見ることができる。原生林ツアーやカヌーツアー、釣り、登山とアウトドアの遊びに事欠かない。
 そして、知床を支配するヒグマである。ヒグマという危険な大型獣が野生のまま暮らしていることが知床の魅力である。野生のヒグマあっての知床という面すらある。特に秋口に遡上するサケをねらうヒグマはアマチュアカメラマンの絶好の被写体となる。しかし、このヒグマは知床を管理する側からすると悩ましい存在だ。多くの知床のガイドブックには人間とヒグマが会わないことがお互いに一番幸せと書いてある。ヒグマと人間が同じ地域をシェアすることは不可能だ。
 自然遺産の趣旨からいえば、ヒグマやシマフクロウだけの楽園を作り、人間を排除し原生の森を守り育てることになる。しかし人間があっての自然遺産でもある。
 現代の人間は自然の外部に住む以外にない。ヒグマは自然の内部に住む。
 したがって「自然保護」地域では、「内部」の自然と「外部」の人間との間に相互不可侵のルールを設けることが必要となる。   自然遺産の継続というのは、知床ではヒグマという象徴を巡って極めて難しい、しかも現代的なマネジメントの実践が求められている。


桂木 行人