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鈴木良次の「生物に学ぶ」

■第1回■
バイオニクスを求めて

【2007.05.15】

写真 生物の優れた機能を研究して、それを機械やシステムで実現するという考えはいつの時代でも魅力的である。
1960年9月、私が3年間勤務した電気試験所(現産総研)から東大の南雲研究室に助手として戻ったころ、「バイオニクス」という概念が米空軍のスティールによって提唱されていた。
バイオニクスという議論が野心的であったのは、エレクトロニクスが電子(エレクトロン)を活用した技術体系ならば、生命の単位を意味するギリシャ語の「ビオン」を活用した技術体系を作ろうという呼びかけである。
第一回のバイオニクスシンポジウムが開かれ、電子工学はもとより、数学、心理学、生理学など700人以上の研究者が集まっていた。

当時の状況を振り返ると、戦後のエレクトロニクスを中心とする技術進歩が一つの壁にぶつかっていたことが上げられる。工学の課題が複雑で解決困難になっていた。
たとえば、計算機は発達したが、ものを見分ける人間の「パターン認識」を計算機にやらせるのは容易ではない。
ガラガラヘビやイヌやコウモリがもつ鋭い感覚器官を実現するセンサーもない。滑らかな筋肉の動きを実現するアクチュエータも開発されていない。水中を高速で泳げるイルカの形態にヒントはないか。生体に近い新しい材料が欲しい。
「バイオニクス」の旗揚げはこの時代の工学者の希望を反映していた。

この当時、私がイメージした「ビオン」は、DNAのような生物の機能単位があるというより、むしろアルゴリズムとして「生物の情報処理の原則」というものであった。ビオンは生物の階層の一番基底にあるのではなく、どの階層にもある。あくまでも、システムの中に、それぞれの階層のルールで共通する原理をビオンと考えた。

生物は、原子、分子、タンパク質、細胞、神経など各階層からできあがっている。ある階層の要素間のミクロな相互作用がその階層のマクロな構造や機能を決定し、それらが一つ上の階層の要素になる。さらに、それらの要素間にはたらくミクロな相互作用からマクロ構造が出来あがり次の層のミクロ構造をつくるという繰り返しだと考えられる。

下の階層、たとえば原子の相互作用から分子が出来るというときはボトムアップ的に説明できるが、タンパク質のようにもっと高次な構造では、上からトップダウン的なフィードバックがかかり、上の層が、下の層に戻って作用をする。これが生物系に一般に見られる「情報の循環」(清水博さん)である。

私は、生物のある階層ごとにあるアルゴリズムと、さらにその上下の階層間における情報循環の仕組みを探し出すことに意欲を燃やした。

ところで、生物に学ぶときにどのようなことに心すべきか。

飛行機の歴史は、一つのヒントを与えてくれる。
人間は神話の時代から、大空を飛ぶ鳥を見て自分たちもあのように飛びたいと願い、また工夫すれば飛べるのではないかと考えた。
しかし、鳥の基本的な飛び方であるはばたき飛行は、一つの動作で揚力と推進力を発生させる巧妙で複雑な原理である。これをそのまま模倣しようとしたため、あの天才ダヴィンチですら、ヘリコプターやはばたき機に取り組みながら人間の飛行の実現には何らの貢献をしていない。

ライト兄弟の成功は、揚力と推力を分離することから始まった。揚力と推力両方に「流体力学」の知見を使って統合したことだといえる。もはや、鳥とは似るところのない異なる仕組みの飛行機械ができた。
鳥から得られる「ヒント」と、それを実現する「工学的突破」の歴史である。

その後のバイオニクスがどうなったか。
それを少しずつこの連載で考えてみたいと思う。

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■鈴木良次 プロフィール
1933年、神奈川県横浜市生まれ。
現在、金沢工業大学特任教授。3月まで同人間情報システム研究所所長。57年東京大学工学部卒業。同年、通産省電気試験所入所。60年東京大学工学部、62年東京医科歯科大学勤務、65年マサチューセッツ工科大学留学。67年東京医科歯科大学教授、70年大阪大学基礎工学部教授、87年東京大学工学部教授を経て、94年より金沢工業大学教授。65年東京大学工学博士。著書に『生物と機械の間』『生物情報システム論』『手のなかの脳』など多数。

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