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宮田秀明の「プロジェクト7か条」

■第7回■
ふと、若手研究者に対して思うこと

【2007.01.22】

写真 私は大学で「一石三鳥」を常に意識している。三鳥とは、「教育」と「研究」と「社会貢献」である。アメリカズカップで言うと、ヨットレースという文化活動に貢献しながら、IT(情報技術)とビークル工学の研究を進め、同時に学生諸君をプロジェクトに関わらせて教育効果を高めようとした。

この結果、学生の中からベンチャー企業を起業する者が現れた。
A君は修士課程の時、就職活動を全くしなかった。「就職はどうするんだ」と心配して尋ねた私にA君は事もなげに言った。
「ベンチャー企業を立ち上げるから大丈夫です」
なぜ起業を志したいのかとA君に聞いてみて、彼の答えに少々驚いた。

「先生を見ていたからですよ。僕もアメリカズカップのような難しいプロジェクトに飛び込んで、世界を相手に仕事をしたいのです」

私が率先して難しいプロジェクトに取り組んできたことが、学生をインスパイアし、起業に駆り立てたのだった。私は大変複雑な気持ちになった。もちろんうれしかったのだが、その一方でまだ若い彼らを、難しく厳しい道へ導いてしまった責任の重さを痛感していた。
多くの場合、学生がいきなり起業すれば、イバラの道を歩むことになる。

政府に「大学発ベンチャー1000社計画」という政策がある。これには大きな疑問を持っている。仮に1000社がすべて成功して、それぞれが年商1億円の企業になったとしても総売上額は1000億円でしかない。日本経済に影響を与えるには小さすぎる。

大学に画期的な技術のシーズが創生されていて、それを事業化するパターンであれば、これまでにも成功例が存在するし、企業規模を大きくできる可能性がある。しかし、徒手空拳の学生たちが起業するパターンの場合、経営経験もなく、確たる後ろ盾もない若者の奮気に期待するのは少なからず無責任であろう。
学生ベンチャーは大企業の下請けや孫請け仕事が多くなる可能性が高く、利幅が小さくなってしまいがちだ。

企業は価値を社会に普及するための仕組みであり、大きな価値を生み出すことが何よりも大切である。技術系学部の若き卒業生には、価値創造で大活躍してほしいのに、企業を存続させるための仕事に時間を取られてしまう。「何とか黒字でやってます」という技術系ベンチャーの若い経営者の言葉を素直に喜べないのは、彼らの後ろにそうした現実が透けて見えるからだ。

さらこの政策の問題点は「大学院の博士課程」における課題とオーバーラップする。東京大学を例に取ると修士課程に入るためには厳しい競争があるが、博士課程は定員割れが常態となっている。博士課程の卒業生の採用を公式に拒否する企業が少なくないことが要因の1つだ。

だが、もっと大きな原因は産業界以上に大学側にある。

多くの場合、博士課程に進学した学生は、教授や助教授の助手のような研究者として研究に勤しむ。すると修士課程と合わせて5年間、1人の教授や助教授にだけ従って、研究室というタコツボに引きこもることになる。活躍の舞台は学会という、これまた社会から隔離された所である。こうした状況下で画期的な技術の誕生も、社会に役立つ人材の育成も、期待する方が無理というものだ。

これに対し、欧米の大学における博士課程の学生には、タコツボとは違う複数の選択肢が用意されている。

1つは学会レベルで画期的な研究成果を追求し、研究者としての道を突き進むパターン。もう1つは博士論文の技術成果をビジネスとして社会に還元しようとするパターンである。後者の場合は、大手企業に博士号を持った技術コンサルタントとして入社するか、自らの技術成果をビジネスにするベンチャー企業を自分で作るか、いずれかの道を進むことになる。

私の研究領域に近い例では、モーターとプロペラを一体化した「アジポット推進器」という技術がある。騒音振動が少なく、環境にも良い優れた特性を持っているので、大型客船(クルーザー)中心に利用が広まっている。実は、この技術は、スウェーデンの博士課程の学生が研究した成果に基づいている。

大学院の博士課程を活性化させ、大学発ベンチャーを成功させるためには、このような事例に学ばなければならない。大学の教員は大学と学会だけに閉じこもらず、広く社会で活躍するように研究スタイルを変えなければならない。教員も学生も、社会と連携したプロジェクトに関わり、ともに成長していければ素晴らしいことだ。

だからこそ、何でもいいから1000社のベンチャーを生み出すというような政策には疑問が残る。経営者が成長する度合いは、仕事の価値の高さに比例する場合が多い。たとえベンチャー企業を興すところまで行き着いたとしても、下請け孫請けの仕事を重ねて利益を出して収入が増えただけでは、彼らが優秀な経営者になったとは言えない。

ベンチャーを目指す理科系の学生が本当に大きな力となって世の中を動かすためには、大学の教員も責任とリスクを取って産学連携プロジェクトに取り組むことが必要であろう。さらにベンチャー型のビジネスモデルが日本や産業界の活性化に不可欠だと思うなら、行政も産業もベンチャーに不可欠な責任とリスクをもっと深く受け止めるべきだ。

最後にA君の近況をお伝えする。幸いにして彼の会社はギリギリのところで危機を乗り越えた。新製品が市場で受け入れられるようになり、その後は順調に業績を伸ばしている。社員数は40人まで増えたし、直近の年商は3億円に到達した。2007年の上場を目指し、A君はさらに奮闘中である。

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■宮田秀明 プロフィール
1948年生まれ。松山出身。東京大学大学院工学系研究科船舶工学専門課程修士終了(1972年)。石川島播磨重工業(72-77年)をへて東京大学に勤務。現在東京大学教授。工学系大学院環境海洋工学専攻とシステム創成学科を担当。専門は、船舶工学、計算流体力学、システムデザイン、技術マネジメント、経営システム工学。アメリカズカップの「ニッポンチャレンジ」(2回)でテクニカルディレクターを務める。システム創成学科の設立、東大MOTなど教育改革に取り組む。著書に『アメリカズカップのテクノロジー』(東大出版会)『プロジェクトマネジメントで克つ』(日経BP社)『理系の経営学』(日経BP社)『仕事のやり方間違えています』(祥伝社)

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