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金出武雄の「問題解決の7か条」

■第5回■
数学の力と実験の力


【2006.12.18】

写真問題解決のために役立つ方式がいくつかある。そのうちから、数学と、実験という二つについて少し考えてみよう。

1.数学の力は二つある。
第一に、数学は自分のアイディアを相手に正しく、正確に伝える力である。表現を支援してくれる道具である。
第二に、数学は推論する道具である。ほんとはこの力がすごい。

福沢諭吉が、「代数はマジックのような方法である」と言っている。私も福沢の見解には感心したものだ。
ツルカメ算というのは、ツルとカメが合計何匹いて、足の数は何本。ツルは何匹、カメは何匹かという問題だ。これを解くには、全部ツルがいると考えてまず計算し、余った足の数を、ツルとカメの足の本数の差で割ると、カメが何匹か出てくる。
代数になると、XとYになって、ツルやカメでなくてもよい。ツルカメ算の世界から離れて、連立方程式を解けばよい。
福沢諭吉が言うには、ツルカメ算を知らなくても、方程式が解いてくれるではないか。つまり「推論」してくれるではないかということだ。

数学は、持っている基本的な推論方式が、我々に替わって仕事をやってくれる。数学自身がやってくれるこの力が、数学の一番の力だと思う。

ところで、自分の理論は数学を使っているから正しいという人がいる。数式の運用は正しくても、理論が正しいことにはならない。理論を数学にするときに間違っていたら、そもそも箸にも棒にかからない、無意味なプログラムになってしまう。そこが難しい。
人工知能の困難はそこにある。
おいしい鍋料理を作る人工知能を考えたとする。
物理学はごまかしがきかないから、鍋料理に使う鍋は熱伝導が効率よく伝わる鍋か、比熱の高い素材の鍋がよい鍋だというのはわかる。
つぎはおいしい鍋料理である。
鍋料理の人工知能方法=【温度】×2?【油の量】の2乗?【透明度】×3を最大にすることだと決めてやって、それでできた、という人がいる。やったら出来るかもしれないが、「この式のどこが一番おいしい鍋料理の条件なんだ」ということが重要になる。「おいしい式」を考えつくのが私たちの仕事なのであって、モノが出来たからといって人工知能のプログラムができたとはいわない。
また、本当においしい鍋を作る式が出来たとしても、それがあまりに複雑すぎて、実現できないことだってある。
数学は魔物でもある。

2.実験にはシナリオがある
シナリオのない実験はあり得ない。シナリオのない研究はあり得ないといった方がよいかもしれない。

アメリカを発見したコロンブスは、東回りでインドに行くのではなく西回りでインドに行こうとした。地球が丸いという仮説に対して、インドに行こうという実験をした。コロンブスほどではなくても、実験には目的がある。
「これが実証できれば、この理論が証明できる」とか、「こうやればこれが起こるはずだ」というシナリオに基づいて実験計画を立てる。
シナリオが明快な人は、実験がその通りになれば「しめた!」となるし、シナリオ通りに行かない場合も、シナリオを書き直して新しい理論を創り出していくことが出来る。
コロンブスは西回りでインドには行けなかった。インドを期待しながら西に向かって、西インド諸島を発見した。シナリオと結果が違っていたが、どうやらすばらしい発見をしたことに気が付いた。

問題はあいまいなシナリオである。
「この実験(研究)を続けていけばきっといいことが起きるに違いない。だからこれをやる」というのはあいまいなシナリオである。
結果が不確実であることは、当たり前であるが、不確実を織り込んだしっかりしたシナリオは書ける。 不確実とあいまいとは違う。

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