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金出武雄の「問題解決の7か条」

■第4回■
アメリカの学生・日本の学生


【2006.12.11】

写真日本の学生はアメリカの学生に比較して、問題解決の能力で明らかに劣っている。
これは私の経験だけではない。30年以上も前に、京都大学で菊池誠博士(半導体技術の草分け。元ソニー中央研究所長、東海大学名誉教授)の講演を聞いたことを思いだす。菊池博士がアメリカの大学で教えられていたときの話である。

「新しい素子を開発するには、その中で電子がどう動くのかのモデルを作って考えることが肝要である。
アメリカの大学院生に『この素子のモデルを作れ』というと『まず、素子の中では電界が一定と仮定して……』と、大学の初級電気物理で習ったような数式を使って、その場で『素子の厚みと電圧、電流の関係はこうです』と言う。
日本の大学院生にやらせると『素子の端では電界が乱れるので境界条件を設定して解く必要があります。結構難しいので一晩考えてきます』と答える。翌る日に訊くと『あれは複雑すぎて解けませんでした』などと言う。
簡単で見通しの良いモデルがないと、設計をどう変えればよい素子ができるのか指針が得られない。
日本の大学院生はアメリカの大学院生に比べてずいぶん高級な理論を知っているが、その知識が役立っていない」

きわめて示唆に富む話である。
問題解決学習は、本の中にある答えを見つけることではない。現実の問題を自分で考えることからさまざまな疑問が生まれ、それがテーマとなる。現実の中にある問題を自分で考えて「何とかする」という訓練をしなければ、いくら専門的な知識があっても、思考力、判断力、そして挑戦しようとする意欲=知的体力は生まれてこない。

アメリカでは学生は課題を与えられ、自ら考え、調べ、解く学習、つまり問題解決学習が基本になっている。
ビジネススクールでは実際の企業で起こっている問題を教材に使って「自分が経営者だったらどうするか」を考えさせる。小学校でもこれと同じ姿勢の授業方法をとる。
私の子供が行ったコーネル大学には有名な課題がある。
使い捨てカメラを買ってこさせ「使い捨てカメラは、どうしてこんなに安い値段で売れるのか調べよ」という課題である。学生たちはそれを分解し、部品を調べ、さらに、普通のカメラと比較し、さまざまな角度から調べる。プラスティックレンズ、焦点距離、写真の写り具合など、「どうしてこうなるのか」という現実の疑問と、「どうしたら分かるのか」という自分で考え、調べて答えを発見する。これが問題解決型の学習である。

日本の場合何が間違っているのか。前号にも書いたように、教科書をはじめ、日本の学校教育では、知識を一般化し、整理した定理という形で与え、定理を問題にどう当てはめるかを練習する。実験で正しいと分かっている知識を追認する手順を教えることが教育の根本にあり、これを問題解決と考えていることに誤りがある。

私が大学生のとき、実験が嫌いだった。当時の(現在もそうかもしれないが)実験は、理論を検証する「実験の手引き」が既に決められており、実験というよりは「手順の作業」をするだけだったからだ。実験は、理論で予測された結果を確認する手順であり、これでは興味を持てという方がおかしい。問題を設定し、解決するトレーニングとはかけ離れている。

最近、自由作文などで創造能力を測ろうという入試がある。私に言わせれば、本当の能力はそんな抽象的な作文ではわからない。自分で勝手なことを考え、勝手に書くことは誰にでもできる。
本当の能力は具体的な現実にある問題を解く能力である。

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